平成15年度 第2回茨城県社会教育委員会議

2021年12月20日 15時26分 [茨城県生涯学習審議会]
2004年2月6日 
平成15年度 第2回茨城県社会教育委員会議
議事要旨


1 日時 平成16年2月6日(金) 午後1時30分~
2 場所 県立図書館 会議室
3 出席委員
   川上美智子議長,木村競副議長,伊佐治好美委員,大久保英紘委員,大野重男委員
   櫻井よう子委員,佐藤宏之委員,塩原慶子委員,堤千賀子委員,沼尻直委員,平塚知真子委員,
   平山洋美委員
  事務局
   助川幹夫生涯学習課長,大曽根徹課長補佐(総括),他
4 審議テーマ
  「未来を切り拓く新たな社会教育の在り方について」
5  課題
  新たな社会教育の在り方についての論点整理
6  議事要旨

(事務局)
前回第1回目の会議では,地域課題へ対応するという社会教育の根本に立ち返りながら,未来を見通した新しい社会教育の在り方について,今後2年間にわたる審議テーマを幅広く御協議いただいた。その中で,青年層を社会化させるための課題についての御意見や,茨城の独自性を生かした施策の展開に対する御期待等をいただいたわけだが,皆様の積極的な御発言に深く感謝申し上げる。
現在の社会的な課題として,青少年の社会的モラル,自律心,そして社会的使命感の低下が憂慮されているが,本県の15~34歳の1年以上の失業者は3万2千人に上るなど,若者の社会的な自立を促してきた雇用の環境は大変厳しい状況にある。こうした中で,若者が職業観を涵養し,生きがいを見つけて,豊かな人生を送ることは,豊かで活力ある地域社会の形成に向けて重要な課題であり,そうした生き方の指南が社会教育行政に求められていると考えられる。
本日の協議においても,それぞれの立場から,忌憚のない御意見を賜るようお願い申し上げる。
(議長)
本日は,今後報告をまとめていくための提言の論点を話し合う。前回10月の会議においては,社会教育という組織的な教育活動を通し何ができるのか,ということについて意見を出しあった。その中で,特に強い要望として,未来を切り開く次世代の人たち,いわゆる青年層,若者たちに対し,社会教育として何ができるのかということに限定してはどうか,若者たちの自立支援を課題としてあげたらどうかということになった。
前回の協議の論点について振り返りつつ,関連する国・県の施策について,事務局から説明をお願いしたい。
(事務局)
今回御審議頂く資料と,前回委員の皆様方から頂いた御質疑に対する資料を説明させていただきたい。
前回未来を切り拓く新たな社会教育の在り方についてという大きなテーマを事務局案として示した。この社会教育委員会議でどのような流れで報告書を作っていくか,協議していただいたのが資料1である。
前回の協議内容に基づき作成した,今回討議頂くたたき台が,レジュメ1ぺージの「たたき台案」である。
若者の自立を社会教育からどう支えるか,という内容が前回の御意見の中で多かったので,問題意識を何点か書いてある。これには,職業観の涵養が必要だろうということで,職業を持ちたい若者への支援,職業への意識付けをどう支援していくか,ということを討議していただき,具体的に社会教育の分野から,どういう形で組織的に社会に関心を向かせるかということについて御意見をいただきたい。
2ページは,本県で現在若者向けの施策としてどのような事業を実施しているかということをまとめたものである。
10年先,20年先を見越して,社会教育として組織的にどのようなプランを進めていけば,若い人が就職をし,安定した生活を得,地域社会をつくっていくという考え方にもっていけるのか,ということについて御意見をいただきたい。
資料2は,「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議中間まとめのポイント」である。
資料3は,「若者自立・挑戦プラン(抄)」である。
資料4は,「構造改革特区の推進について」で,現在構造改革特区で認められているものを羅列してある。
資料5は,「県生涯学習センターの概要」である。県内4つの水戸,鹿行,県南,県西生涯学習センターを県が1年に5億くらいをかけて運営している。この施設が有効に使われるためには,どういうものが必要か御意見をいただきたい。
資料6は,「資格が得られる講座例」である。県民大学は10時間と20時間の時間数で進めており,この時間数では資格取得ができない。
それから,最後に佐藤委員からいただいた資料である。今後の検討の中で活かしていただければ有り難いと思っている。
(議長)
前回の協議内容と,レジュメ1ぺージの「たたき台案」,若者の自立を社会教育からどう支えるか,このあたりのことを中心に御意見を頂戴していきたい。ただ今の事務局の説明に対し,質問等はあるか。資料1では,「今回のテーマ」と,「青年層を社会化させるための課題」が主な箇所であると認識している。
(副議長)
社会教育に何ができるか,というのが今期の会議のテーマな訳だが,その中で,若者の自立を軸にしようというのは良いと思う。
「たたき台案」の職業観の涵養というところで,「職業を持ちたい若者への支援」については,必要なスキル,ノウハウを提供しないと自立できないということだし,「職業の意識付けを支援」については,職業を持って自立することは大切であるという意識を持たせようということである。この中間に,プラン能力,一体自分は何がやりたいのかを確認し,そのやりたいことをやるにはどうすればよいのか,ということがある。それがはっきりしていないと,スキルをいくら与えても,一般的に職業を持って自立することが大切だと言われても,自分がやりたいことと結びついていないといけない。2つの間をつなぐ,プラン能力,自分がやりたいことを見つけて実行していく能力・経験が必要で,そういう施策が必要であろう。
最近話題の「13歳のハローワーク」という本が出ているが,村上龍さんが興味深いことを言っている。人間には2種類あって,自分のやりたいことをしようとしている人と,そうでない人がいる。やはり自分がやりたいことをどうすればできるのか自分で考える必要があると思う。
(議長)
大事な視点である。もう少し,人生設計やライフプランをきちんと立てていく,ということを入れる必要があると思う。その中で職業ということが入ってくると思う。ただ,あまり広げると焦点ぼけするので,どうしたら良いか決めかねている。
職業のところで,どういうものを自分がやっていくのか,何が向いているのか,何が好きなのか,そうしたことを考えるための支援というのを入れていく必要があると思う。
(委員)
今の副議長の意見には賛成である。あまり話を広げすぎないで,なぜ自立できていないのか,というキーワードを踏まえた論議が大切だと思う。なぜできていないのか,できるようにするにはどうしたらよいのか,手だてを具体的に考えていけば良いと思う。
若者の自立の問題を考えていくには,学校教育に対する過剰な信頼感を捨て,本当の意味での自立の再教育を行い,職業観を考えていくように仕向けていく必要がある。
子ども会を長年やってきたが,座学で講習を受けたことが現場ですぐに役に立つことは全くない。生涯学習センターを使用しながらやるというのは大事だが,座学の勉強がさかんになったからよい,という訳にはいかないと思う。
国のやっている事業でよいと思っているのが,青年海外協力隊や日本青年奉仕協会がやっているボランティアである。こうしたものに参加すると,自分は今まで何と甘かったかということに気が付いて,はっとする。そうしたことを経験させて,勉強が足りなかったとか,自分の考えが甘かったということを実感できるようなトレーニングコースを立ててあげることが大事だと思う。
(議長)
今までの学校教育では,ライフコースのモデルのようなものがあって,みんなが同じ道を行って間違いなく,という世の中だったが,現在はそれが崩壊してしまった。そこで若者たちがどうしていいのか分からなくなっている。
(委員)
学校教育の進路指導の内容と,実際に企業が求めるものとが違ってきている。青年たちにトライをさせる場,自分の可能性を確かめるためにトライする場があってもよいと思う。
学校教育の中の職業教育,進路指導が,社会の求める本当の意味での職業教育になっているのか疑問を感じている。

(委員)
多種多様化している社会の変化に学校が対応しきれない現状がある。家庭は家庭で,子どもの自立を後押ししていない。
今の日本の社会の中で一般的な職業観は,楽しむための職業であり,金を得るためのものである傾向が強い。自分が人間として,社会人として生きていくための,自立のための職業ととらえていないのではないか。その意識教育をどこでやったらいいのか。それを踏み込んで学校教育でやっていきたいが,小学校から職業教育,進路指導は必要なのかという疑問もある。親への啓発も,子どもが小さいときからやっていかねばならないと思う。
(議長)
学校でも教科の勉強以外に,働くということ,勤労意欲をどんな風に若者に身に付けさせていくかということをやってこなかったのではないか。
自分の可能性を知る機会,自分がトライする場を与えてやることが大切である。青年海外協力隊まではいかないにせよ,それに近いもの,例えば県内青年協力隊などの機会を与えられるのではないか。
(委員)
例えば,ホームレスの人たちを助けるためにはどうしたらいいのか,プロジェクトを組んでやってみろというような課題を与えてみるなど,自分で考えて行動して一つの結論を出さなければいけないという機会を与えていくのもよいのではないか。
(議長)
子どもたちをフィールドに引きずり出し,社会課題のテーマを与え,課題解決させるということも大切である。
(委員)
今朝,テレビに村上龍が出演して,「13歳のハローワーク」について話していた。
わが家には大学生,高校生の息子がいる。高校生の息子が就職を希望しているので,親子で職業観について話す機会があるが,社会の仕組みとか,社会に出るとどのような職業があるかということについての知識のなさを痛感する。
「13歳のハローワーク」には,社会にどんな職種があるのかが載っているのだが,テレビでは「私も就職するときにこんな本が読みたかった」と多くの方がコメントを述べていた。
子どもたちが自由に職業を選べる社会が幸せなのだろうと思う。いろいろなものに縛られずに,自分たちの能力を自分たちで意識することで,いろいろな職業を選択できる今の世の中は,基本的に幸せな世の中である。しかし,現実は高い離職率,フリーターの増加等,様々な問題が生じている。それは,子どもたちの中で将来的な展望を持ったプランがないからであると思う。
テレビに出てギターを弾いている人の「駅前で演奏していたらスカウトされました。」という話を聞くと,自分たちも駅前でやっていればいつかプロになれると短絡的に考える。これになりたいと思っても,それまでの道筋を具体的に思い描けない。例えばプロ野球選手になるには,ここの高校野球の強いチームに入ってこの監督につかなければプロ野球選手になれないと思いこんでいたりする。
義務教育が終わって,高校生活をして社会に放り出されるときに,あまりにも社会の中で生きていく知恵がなさすぎるし,情報を持っていない。小学生の頃から,社会の中で,自分が職業に就いて,社会に参画して社会を支えるという意義が就業することにあるのだという意識が今の子にはない。
この意識付けがないから,フリーターに抵抗感がない。自分の食い扶持があればよいということで,職業を選んでいる。社会に貢献するんだ,社会を作っていくんだ,そのために職業に就いて働くんだ,そこの職業に就いて自分の可能性を追求するんだ,というところまで持っていく教育がない。
もっと子どもたちにその年齢にあった情報をたくさん提供してあげることと,社会のボランティアをさせるなど,机上の勉強だけではなくて,自分で見に行かせる,考えさせてみる機会をたくさんつくってあげなければいけないと思う。
(議長)
小さい頃から情報を積極的に与えていく,そうした仕掛けをつくっていくことが大切である。社会の貢献の意味,自分をどう社会に活かしていくか,ということを小さい頃から考えさせていく必要がある。
(委員)
社会の中で自分が必要とされていることを認識するのはある程度大きくなってから,思春期あたりからかと思うが,自分が必要とされていると思うとやる気が出てくる。
やる気が出たり,自分が必要とされていると思う最初の段階は,家庭の中の小さいときからのお手伝いからだと思う。当たり前の小さな事でも,親が,あなたがいてくれるから助かっているのよ,ということを小さいときから伝えていると,子どもは自分がその家で必要とされている,役に立っているという意識が芽ばえる。
今の社会は自分がいなくたって家庭が成り立っている。自分の役割が与えられていなくても,家族がそれぞれバラバラでも家族の単位としては生きていける。
社会とは大きなものだが,小さな家庭という単位の集まりが,世の中の社会をつくっている。小さいときから,自分が本当に必要とされている人間なんだという意識を持って成長すれば,家庭以外で,学校でも職場でも社会であっても,どこに自分が必要とされる分野があるのか見つけられる人間になれるのではないかと思う。
 学校で情報を与えることも大切だし必要なことだが,就学以前から,「あなたがいると,あなたがいてくれるだけで家族が幸せなのよ」と,子どもに対して小さいときから言ってあげる必要がある。そうすれば,自分がこれからそれに応えて何に役立っていくだろう,どんなお返しできるだろう,という意識が子どもに芽生えていくことになると思う。
(議長)
県では新エンゼルプランの検討が始まっているが,その中で子育てということで,家庭の中での手伝い,自分の役割,家庭の中の一員であるということを子どもに分かるようにしていこうと検討中である。
これを実際の社会の中で,家庭のお手伝いをさせるために社会教育ではどうしたらよいかということも考えなければならない。
(委員)
働く動機は,人の役に立つ経験をさせるということで,若者の自立を社会教育からどうさせるかと言うときに,「ありがとう」と言ってもらう経験をつくるプログラムを立てたらよいのではないかと思う。
生涯学習センターには託児ボランティアが登録されている。託児ボランティアは,だいたい子育てを経験した年輩の方か,子どもが大きくなり保育の資格を持った方だと思う。そこに10代の保育ボランティアというシステムを導入してみてはどうだろうか。
保育をするという視点でプログラムを組んで,試験をパスした子が,託児に預けるお母さんの手伝いをする。責任を持ってやってもらうため,多少は謝礼を払うという形で行う。
他県でも結構始まっている。子どもたちに好評で,以外と大人より子どもの方が幼い子どもの様子が分かる。具体的に実現可能かと思う。
また,千葉の佐倉市で,ミニサクラというイベントをやっている。それは,ドイツのあるまちで行われているイベントを参考にした内容で,4日間だけ子どものまちが誕生する。子どもたちが一つのまちをつくってしまって,そのまちには市長,警察,銀行,ハローワーク,看板屋さん,アクセサリーをつくって売るお店があったりする。子どもたちが何百人,何千人と参加する。日本でも実例があり,そうしたことができたら,市長や警察になれてしまうし,それが機能する。実際に大人がやっていることと同じことを体験をさせることで,大人になったらどういう仕事をしたいのか,トライすることができるのか,真剣に考えるのではないかと思う。
(委員)
子どもたちがボランティア体験としてイメージするのは,福祉系らしい。子どもたちだけでなく学校の先生の中にも,まちづくり団体がボランティアになるということが,イメージとしてわかない人も多い。
お祭り等のイベントに,中学生をボランティアとして募集することがある。中学生が来ると,毎回50名から100名ぐらいの応募があり盛り上がる。活気も出るし,大人が中学生の良さを再発見する。
ところがバラバラに事業をやっているので,学校側で把握できない。主催団体がイベント毎に異なる。社会福祉協議会は福祉系のボランティアをだいたい把握しているが,まちづくり系のボランティアは誰も把握できていない。
福祉系のボランティアとまちづくり系のボランティアの両方の情報を把握している機関が必要である。そうすれば,中・高校生が体験できる場を効果的に提供できるのではないか。ボランティアコーディネーターが様々な情報を把握して学校へ届けるということをやらないと,せっかくいろいろなイベントをやっていながら,どこに問い合わせしたらいいのかも分からない先生がいてもったいない。
中学校3年の総合的な学習の時間で,将来希望する職業について調べたレポートを見せてもらったことがある。動物のトリマーになるにはどうしたらよいかとか,ネイルアートの研究をするには等,具体的な自分の好みと合ったレポートがたくさんあった。しかし,あくまでも座学としての知識しかまとめられておらず,体験に結びついていないのでもったいない。
学校の勉強ではもう少しのところまで可能性を見せているのだが,職業までつながっていかない。高校受験の進路指導となると,大学に入ることを前提とした指導しか行われていない実態なので,総合的な学習の時間でいい課題を見つけたのに,それと自分の将来がつながらない。
例えば,夏休みを利用して1か月間トリマーのところに行く等の体験活動ができたら,かなり面白いものが,今の学校でもできるのではないかと思う。
(議長
一つは情報のネットワーク化が必要であるということ。もう一つは進路指導が進学中心になってしまっているということである。
最近,私も進学説明会で,進学だけでなく,職業まで含めた指導をするようにしている。ただ大学に入るのではなく,その先に何があるかということを,中高生の段階から提供していくことが必要だろう。
(委員)
15歳くらいになると,その力を発揮できる仕事は少なくない。本来,義務教育を終えれば一人前の大人である。欧州でも13歳頃からは,マイスターのもとでいろいろな職業にトライしたり,オーディションを受けたりできるし,雇用する側も卒業にこだわらない。気に入った仕事があれば中退するし,勉強をしたいと思えば残る。
どんな仕事に就けたのかは,学校の「ディプロマ(卒業認定)」よりも重要である。学習と職業がうまく重なれば,仕事上の相乗効果として大きな強みとなり,急速に世界を股にかける職業人に成長するものもいる。
私の親類では大工になった青年がいる。彼はものづくりが好きで,昔から大工になりたかったそうだが,今になってみると,中学を卒業後すぐに大工になっていれば良かったとのこと。身のこなしが違うのだそうだ。日光の「眠り猫」の作者,大工「左甚五郎」などという天才もレッテル主義的な学歴社会の中では,出づらかったのではないかと思う。
学習そのものが好きで学歴を重ねていくことに異論はないが,選ばれた特殊な人でなくとも,義務教育を終えた時点で職業人としてやれる才能がある若者は,意外に多いのではないかと思う。同時にそれにピッタリの仕事も相当数あると考えられる。医師,特に外科医なども,飛び級などで優秀な人材が早く仕事に就くことができれば,今よりももっと若い時から現場に出て熟練でき,社会的にもより長く貢献できる。職業に結びつく目標を持つことも,精神的に豊かな日々を送る上で非常に重要であると思う。
コンピュータの時代となった今,過去の「学歴社会」と異なる価値を持つ「実力社会」の到来が予想される。仕事への意欲が高まった時と仕事をつかむタイミングが一致すれば,若者に限らず熟年者も,職業人,社会人として短期間にものすごく成長するパワーを持っている。
(議長)
小中学校から自分の職業について考えさせなければならない。
(委員)
社会の仕組みそのものを小さいころから分からせることが大切である。日本が資本主義経済であることなど,きっちりと分からないといけない。会社の経営者を育てるには,小さいときから家庭でそれなりの教育を行っている。
一番見えないのは,サラリーマンの父親たちの仕事である。技術を持っている職人の子どもは,家庭の中で親の仕事を見ることができる。
小さいうちから子どもたちに接触する人たちに問題がある。学校の先生たちがサラリーマン化していることが問題である。幼い子どもたちに接触する機会が一番多い先生たちが,資本主義経済のまっただ中にいないということをどうするかである。
学校がもっと社会に開放されていかないといけない。合理性を追求していく,営利を追求していく,それが世の中のためになることであるという意識が,子どもたちに影響を与える側の先生たちに浸透していくことがとても重要である。
経済を度外視してはどこも成り立たない。経済をどうしていくかということは,社会全体の人間にとって基本である。その基本をきっちり教え込む側に問題がある。
例えば,地域で成功した商売の関係者からいろいろな話を聞くとか,小さいときから子どもを刺激しておかなければならない。
子どもたちを預かる側は,真剣に社会情勢と現実を見てもらわないといけない。
(議長)
子どもたちを家庭や学校に囲い込んでしまったために,純粋培養してしまったのか。小さいうちから経済,社会の体験が必要ではないか。
(委員)
大学を卒業して入社してくるうちの会社の若者たちを見ていると,家庭の中でちゃんと育っている子は,何も教えなくても人としての基本を知っているが,それを知らずに入ってくる子もいる。
その若者たちが今,一番問題である。絶対に家庭の教育の違いだと思う。小さいときから何かを手伝わせたり,褒めてあげたりするとその人が違う方向に向いてくる。
やはり,家庭教育が原点になると思う。
(委員)
現在,東京のある大学に関係しているが,就職率が70%,女子は40%である。大学に入るときは目的と理想を持って入ってきたはずが,それがだんだんに崩れていく。
私たちに欠けているのは,集団生活,奉仕的な精神である。親が子どもに教育できない。理想だけを押しつけている。親も気の毒だが子どもも気の毒だと思う。
子どもの頃からボーイスカウト,ガールスカウト等集団訓練をしていろいろなことを学んでいくしかない。自分が体験して,初めて一つのものが生まれてくると思う。
大学では就職担当の先生が,毎日のように企業訪問をしている。中学校の体育の先生はいつも帰るのが8,9時である。あれだけ先生がやってくれるのだから自分もやらなければ,という先生と生徒の人間関係が,人間関係育成のために必要である。
(副議長)
小さい頃の体験が必要ということと,家庭ということが話題に出ているが,小さい頃の体験が必要というのは当然のことだが,小さい頃の体験を家庭にあまり強く結びつけるのは疑問が残る。
1つは,最近の家庭は教育力,しつけの能力が失われたというが,昔もそんなに家庭の教育力はなかったんだろうという気がする。昔,ある程度の教育力のあった家庭で育った人が,自分の家庭と今の一般的な家庭を比べて,今の家庭は教育力がないという比較をしているのではないか。
どんな時代でも,多くの家庭でしつけ力はそうはないと思う。議論の前提として,家庭というのはそうは教育力がない,どの家庭でも体験を身に付けられる訳ではない,ということを前提にして考えた方が無理がないと思う。
前回の議論でも,あまり家庭が重要だと言うと,ある種の母親にはプレッシャーになるという意見があった。小さい頃が大切だと言われると,非常にプレッシャーになる親もいると思う。すべてを期待するのはどうかということを前提にした方がよい。
もう1つは,若者の自立を軸にということだが,さらにもっとねらいのはっきりした答申ということであれば,対象を絞って,「意欲を失い欠けている,または失っている若者たちをどうするか」ということに焦点を絞るのはどうか,という提案をしたい。
意欲のある者は自分なりに何とかするはずだと思う。今,問題なのは意欲を失ったと見られる者たちが普通になっているということである。そういう子どもたちこそ,自立とか,やり直しとか,人生設計を,社会教育が担当すべき対象なのではないか。
(議長)
家庭の階層差と意欲は結びついていない,むしろ親が立派なのに子どもが育たない場合も多い。意欲を失いかけた若者だけでなく,今,意欲があってもなくなってしまう場合もある。境目はほんのわずかだろうから,もう少し幅広く若者全体を扱っていきたい。
(委員)
家庭にはそもそも今も昔も教育力がなかったという意見には賛成できない。教育力がないとか,そういう前提で考えていってはだめだと思う。
しっかりやっている人たち,しっかりした家庭に育てられて,しっかりした職業観を持って頑張っている人たちに,さらに励ましを与えるということを答申に盛り込むべきである。
当面は職業に就くか就かないかという年齢の若者を対象にするとしても,その前をおろそかにすると,同じことが繰り返される。
子どもが生まれたときに,1つは生まれてきて良かった,それだけでみんなを幸せにしてくれたと言うことと,もう1つ欠けていることは,大きくなったらしっかりお父さんお母さんを養ってね,と言う言葉である。しっかりよい子に育ってお父さんお母さんを面倒見てねという教育である。親の職業の跡を継ぐ継がないというのではなく,家庭の後継者として教育しなければない。それは自営業であろうと,サラリーマンであろうと同じである。
大きくなったら,お父さん,お母さんをしっかり看るんだよと,口癖のように言っておけば,しっかりした職業に就いて働かなければ,自分の小遣い稼ぎだけでは親の面倒を見ることはできないのだから,職業教育はそこから始まるのではないかと思う。
小・中学生には年齢に応じた,主体性のある,役に立つ喜びの機会をふんだんにつくってやる。高校生の時代には,高校生にふさわしいレベルの高い体験活動をさせてあげられれば,座学から一歩進んだ力を身に付けていくことができる。
プラン能力を持つ,持たないの前の段階で,目標を持たないのにプランを立てることは無理である。プラン能力の前提では,自分の特色はここにあるという思いのないままプランを立てるのは無理なのである。
そうしたことを一つ一つ踏まえた上で,しっかりした道づくりを考えておいてあげて,今ここでやるべきことを重点にやる。
(委員)
〈3歳児の躾事始めはトイレ拭きから〉を提案したい。「子どもは3歳になったら5歳までの2年間はきちんとした躾が重要であり,親子の愛情に満ちたふれあい,スキンシップがあれば,3歳の直前まで甘やかしてもいい」という考え方もある。
私は欧州に友人がいるので彼らと本音で話し込むと,ホームステイでの感想,「日本のトイレは臭い。既に椅子型,いわゆる洋式なのに。」と言われる。欧州の普通の家庭での3歳児への躾は具体的で,「小用後のトイレを拭く」ことから始める。
わが国でも今はほとんどの家庭で洋式トイレになっている。男の子には小用のあと必ずトイレの縁をペーパーで拭き取る(男親ももちろんそれを励行する)ことから始めるのが良いのではないか。洋式トイレを汚すのは基本的に男子の小用である。これは清潔なトイレの実現と,周囲の人を思いやる心を育むことができ,一石二鳥であり,躾としても具体的で効果てきめんである。
さて,その上で中学生・高校生になったら,「あなたにはこういう可能性がある」と繰り返し言ってあげることが大切である。それは総合的見地からというよりも「独断と偏見」からの見方でも構わないと思う。その意見に対して,「自分はこのような可能性があるのか」と考えるきっかけになるからだ。
中・高校生の時に何の可能性があるのかと悩む。と同時にその頃に自分の職業を思い描いてもいる。そこで,できれば数ヶ月から半年,あるいは1年間かそれ以上,一旦,単位として認定するかたちで職業に就いてみる,それが適正であればそのままそこに就職し,ダメならまた学校に戻れるシステムがあるといい。その柔軟性はこの社会の仕組みの大きな変革の時代においては,特に求められていると考える。急に飛ぶが,隣に大消費地である中国が控えているし,世界的に認知された日本の製造業の優秀さを考えれば若者の未来が暗いはずはない。
(委員)
就職列車で上京してきた時代には,言われたことをきちんと守る子たちだった。今,高校を卒業して就職する子どもは,この子はこれに向いていると言い切れる先輩たちが周りにいない。それは親であり先生たちだが,そうした先輩に恵まれない不幸が蔓延している。自信を付けてやることがどれだけその人間に影響を与えるか,そういう意識を持つことが,若い人間の側にいる人たちに要求される。
(委員)
家庭の教育力が昔と今と違ったか違わないかという話はよく分かるような気がする。私の親の世代,以前はきっと食べることに一生懸命だったろうし,限りなく忙しかっただろうし,子どもも多かった,それでも教育力があったか,なかったか。
今,子どもが一人になって税金のために働いている,父親も母親も働いている,その中で教育力はどうなったか。今のこの現状を見るしかないと思っている。
エンゼルプランという話があったが,家庭の中の教育力,家庭の中で親はどうあるべきか,子どもへの働きかけが徐々に始まっている。保健所,民生委員,行政側でも地域でも動き出している。ただ,その成果が出るのは,まだ何年か待たなければならない。
現在,若者たちがどうやって就職観を持って,将来に希望を持って,国を支えていく労働力になるかという話をしたらどうかと思う。
小さい頃からの教育,家庭のことは一番大切だと思うが,小学校でも総合的な学習が始まるなど,人間性を大事にした教育は始まってきていると思う。
村上龍がなぜ13歳にしたのか,という話をしていた。今までは,小学生で持っている知識のまま,高校の就職時期まですべりこんできてしまっている。海外では13歳あたりが,社会の一員として認められるボーダーであるということを考えて,若年層の子たちに,必要な体験とアドバイスができる人材,大人の養成が自立に役立つと思う。13歳くらいが,そろそろ社会の一員としての芽を開かせてやる時期なのに,それを見逃している。今,急に離されてしまったものの不安が,フリーターへ結びついていたらたまらないと思う。
(委員)
教育力の問題については,親身になって面倒を見てくれる先輩がいなかったということが大きな原因の1つである。家庭にも学校にも地域社会にも教育力がなくなったということは,一人一人の子どもたちに時間をかけて大事に付き合ってくれる大人が,家庭にも学校にも地域社会にも大学にもいなくなったということである。職業観云々より,子どもたちにしっかり付き合ってくれる人間を寄り添わせてあげることが必要である。
人材の養成をどうやってやるのかと考えると,それだけで膨大な話になってしまい,できる訳がない。60歳以上のパワーが今ものすごくあるから,その人たちに今の問題解決の最前線に立ってもらうというプロジェクトをやったらよい。その人たちに親身になって職業に就かねばならないという問題の解決に,小さいときからの躾教育のやり直しも含めて,人生の問題を考えながらよい仕事に就く指導をしてもらう。マンツーマンでぶつけるくらいのプロジェクトがあってもいいと思う。
今は情報が過多である。情報が足りないと言うのはアンテナが足りないか,しっかりした情報を察知しようとする問題意識が足りないだけだ。パソコンなど機械の使い方を分かっていたにしても,問題意識がない。
(委員)
適正な情報を与えてやるということとは違うのではないか。情報はあり余っているが,若年層が求める情報を与えてやるという形があってよいのではないか。
(委員)
必要な情報は,自分がどんどんとってくるようでなければならない。
(委員)
今の社会の中で今の子どもたちはすぐそういうタイプに変われるとは思えない。やはり手助けが必要で,それが自立のための支援ではないかと思う。段階を踏んでそういう子どもに変わってもらえばよい。
(議長)
確かに大人が子どもを甘やかしている。社会が子どもの力,自ら持っている力を引き出すしかけをつくっていくことが必要である。
(委員)
フリーターとか就職してない若い人たちに対する対策として,どんな具体的な取組があるのか聞きたい。
(事務局)
資料3の中にあるように国の方も各関係省庁で合わせて,今のフリーター対策ということでプランを出した。また,緊急雇用対策を5年もやっている。自立挑戦プランの中で,高い失業率,増加するフリーターが200万,就職しても高い離職率など,就職先がない中で,自分の目的,何がやりたいのだか分からない子が多いのが分かる。
(委員)
ある大学に入るくらいの子ばかり育てるのではだめである。自分で生み出すということが必要である。
どの人間がどういうことに向いているか,どういう面を持っていて,社会ではどういう人間が必要かというところを明確にしていかなければ社会教育にはならない。
(事務局)
基本的に職業をどうしようかということに対しては,緊急雇用対策をやったり,専修,各種学校で,日本版デュアルシステムをやったりしていくと思う。ただ,数的に言えばそんなスケールの話ではない。全体的にどう意識付けするかということが,社会教育委員会議の中で話し合っていく内容で,当面,今の200万人をフリーターを失業者から変えるということではない。意識的なもの,若い人たちがこういう世の中でだめだと思わせないために,社会教育委員会議が今からやっていかないといけないこと,県としてどういうことをやっていったらよいか,提案をいただきたい。
(議長)
社会教育の立場からどうしていくかを考えていくべきである。
たたき台の案について,具体的なところでいろいろな意見はあったが,最終的には同じ方向でまとめられるのではないかと思っている。今日の意見を反映して,次回にさらに詳しいもの,具体案を盛り込んだものを出していきたい。
(事務局)
今回言い足りなかった,もう少しこういうものがあるべきだというのがあれば,事務局へ送っていただきたい。
(議長)
特に具体的な提案があれば寄せていただきたい。
平成15年度 第2回茨城県社会教育委員会議 2021-12-20 [茨城県生涯学習審議会]
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2021-12-20 [茨城県生涯学習審議会]